舩入跡

高瀬川は、江戸時代初期に角倉了以(すみのくらりょうい)によって開削された、
京都中心部と伏見を結ぶ運河。
その北端に位置する二条から四条までの間の船着き場を舩入りと称し、
一から九までの舩入りが存在した。
その舩入りの石碑、現存する一之舩入り以外は埋め立てられて石碑のみ存在。